インプラントの王道
インプラントを体内に埋め込むのはちょっと抵抗があるかも知れませんが、現在のインプラント治療の技術はどんどん進化しています。
若い頃から虫歯が多く、歯科医院に行くとすぐに「抜きましょう」と簡単に言われたため、五〇歳の頃には歯が全部なくなってしまったのだそうです。
私のところにいらしたときには、早い時期に歯を抜かれたため歯肉が痩せ、顎の骨が吸収されて斜めになっていました。
上下とも総義歯だったのですが、歯の奥のほうに痛みが出るのでまったく噛めない状態でした。
なんとこの方は、ご自分で総義歯をやすりで削っていたのです。
もちろん、それで痛みがなくなるということはありませんでした。
歯肉と歯槽骨の状態を調べ、最終的に上顎は総義歯で、下顎は即日完成インプラント治療を行ったのですが、四年経った今も何の問題もないといいます。
上の総義歯も以前のように奥が当たって痛いということはなく、硬いものでも噛んでいます。
総義歯を直したために、上唇のしわが消え、こけていた頬がふっくらとし、カラオケ仲間から「どうしたの?一〇歳若返ったわよー」と言われたと喜んでくださいました。
しかも、以前の総義歯は歯の部分が小さくてなんとなく顔にしっくりきていなかったのですが、私が見るところ、もともとは大きい歯だったようなので、当時をイメージして、大きめに作り直しました。
そのせいもあり、表情が若々しくなったのだと思います。
このように、その人の歯槽骨や以前の歯の状態を考え、理論に沿った形で総義歯を作れば、しっかり使える歯を手に入れることができるのです。
どうして入れ歯では噛めないのか稔義歯というと、かなりの高齢者が使うものと思っている方が多いことでしょう。
確かに総義歯を入れている約四〇〇万人の大半は五五歳以上の方です。
しかし、四〇歳代で自分の歯の大半を失っている方も大勢いらっしゃいます。
また、総義歯を使っているのは四〇〇万人と聞いても、日本人の人口の三〇分の一ですからそれほど多くないように感じるかもしれませんが、横浜市の人口が約三六五万人ですからそれとほぼ同じ人数です。
あの巨大な横浜市に住んでいる人と同じかそれ以上は総義歯なのですから、その多さがおわかりいただけると思います。
その四〇〇万人の方の大半が、入れ歯に対して何らかの不満や悩みを持っています。
私のところにも、多くの患者さんが来院し、現状の不満を訴えます。
食事をしていないときは問題ないが、食事中にゆるんで痛みが出てしまい食事ができない
旅先で人目をしのんで入れ歯を洗うのがいや。
噛み合わせが悪くて、岨噛していると疲労を感じてしまう。
義歯を載せたところが炎症を起こして痛くて装着していられない。
歯茎と義歯がぴったりしないので、なんとなくガタガタする。
義歯が不安定で、何度か義歯が壊れた。
義歯がゆるんでいて、すぐに外れる。
おしゃべりしたり笑ったりすると義歯が外れる。
顔が老人みたいになった。
楽しく食事したりおしゃべりするために作ったはずの義歯が機能していないのです。
これは困ったことです。
原因の一つに、歯を失った年齢と総義歯を作った時期のギャップがあります。
事故にでも合わない限り一度に全部の歯を失うことはありません。
一本抜けてまた一本という具合に抜けてしまい、いよいよだめだという時点で総義歯を入れます。
実はその時点で、歯を支える構造が以前と大きく違っているのです。
歯は、口を開けて見えている部分は全体の三~四割で、あとの六割以上が歯肉の下にあります。
歯の構造で見ると、一番外側はエナメル質という水晶ほどの硬さのある部分で、その内側に象牙質という少し軟らかい組織があります。
歯と根の内側の大部分はこの象牙質です。
象牙質の内側に歯髄という空間があり、そこに動脈と静脈と脳への伝達神経である三叉神経が通っています。
この動脈から血液と栄養分と酸素が運ばれて、静脈から不要なものが運び出されます。
歯の根は直接歯肉に埋まっているのではなく、セメント質という骨のようなもので薄く覆われています。
この部分が歯と骨を結ぶ大切な役割を担っているのです。
そのセメント質を歯根膜が覆っています。
歯は、歯槽骨といわれる部分に歯の根が植わっています。
歯槽の内側にある固有歯槽骨と、これを取り囲んでいる歯槽を支える支持骨があります。
歯はこうした組織にがっちりとサポートされているので、硬いものを噛んでも抜けることがないです。
問題は歯が抜けたときに生じます。
実は、全身の骨は二年で新しいものに生まれ変わる、リモデリング(骨再生)を繰り返しています。
破骨細胞が骨を壊し、骨芽細胞が骨を作るという作業を繰り返すことで、全身の骨が入れ替わっているのです。
歯を支える歯槽骨も同じように、再生が行われます。
しかし、歯が抜けるとそれを支える骨も必要なくなるので、破骨細胞の働きが骨芽細胞を上回り、骨が壊れ、やがて身体に吸収されていきます。
つまり歯のないところに歯槽骨は存在しなくなってしまうのです。
話を総義歯に戻しましょう。
総義歯を作ろうと思ったときには、歯が抜けてから相当時間が経っているために、当然歯槽骨は吸収されてなくなっています。
いわゆる歯肉が痩せたという状態になっているために、上唇のあたりにしわが寄って老人のような顔になるわけです。
老人のようになってしまった現在の顔に、歯を入れることでかつての顔に戻そうとするわけですから合わないのは当然です。
作る際に歯のあった時代の写真を見たり、その方の昔の顔をしっかりイメージしてそれに合わせて総義歯を作らなければ、ぴったり合う総義歯などできるはずがありません。
患者さんの歯の色と形、歯肉の色や顔貌、体格、失われた歯肉と歯槽骨の量はどれくらいか、顔の大きさなどを考慮し、歯のあった頃を想像し、どんな位置で岐合していたか、好きな食べ物や、職業、社会的地位などをお聞きした上で三次元的に造形することで、使い勝手のいい総義歯ができるのです。
たとえば、政治家の方の総義歯を作るときは、前歯を大きく派手(歯出)に作ってあげることもあります。
これだけでアクティブな印象になるからです。
総義歯は個人に合わせたフルオーダーメイドですから、絵画や彫刻といった世界に一つしかない芸術品を作るのと同じくらい技術とセンスが要求されるものなのです。
総義歯を作る歯科医は、一流のアーティストでなければ最高のものは作れないといわれるのはそのためです。
総義歯に安定剤がいらない?テレビでさかんに入れ歯安定剤のコマーシャルが流れています。
しっかりと止まるので外出先でも外れる心配がないと、その有効性について宣伝しています。
私はあのコマーシャルを見るたびに、いかに合わない入れ歯で苦労していらっしゃる方が世の中に多いのかと気の毒に感じます。
患者に合わせてしっかり作った入れ歯は、入れ歯安定剤などまったく必要ないのです。
平板な二枚のガラス面に水分を少し入れるとぴったりとくっついて離れません。
あの原理と同じで顎堤に総義歯を吸着させれば食事をしても笑っても外れることはありません。
つまり、総義歯を載せる顎堤と床面に空気が入らないように作ることで、入れ歯安定剤は不要になります。
そこで総義歯に周囲から空気が入らないようにするためには口の構造を考える必要があります。
やっかいなことに口の中というのは、頬筋や舌が自在に動くために空気が入りやすいのです。
まずは口の構造を観察して、動かない位置がどのあたりなのかを調べ、そこで総義歯の土台の辺縁(ふち)を封鎖して空気をシャットアウトします。
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